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せひらのうたげ

はじまるよ。

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きれい事は犠牲を伴う

個人的な今年のスローガンは「きれい事を破壊せよ」と思ってたりするんですけど、問題や課題に対して距離を持つ、実際のところ他人事である立場の人が取り決め、振る舞う「きれい事」っていうのは、だいたい当事者にとって何のメリットもなかったり、むしろ余計な面倒が生じるものだと思うんです。
 
きれい事は、犠牲なしには成り立たない。
きれい事の裏には、たいがいそこそこ真面目で責任感ある人間の、時間的精神的犠牲が伴う。
その犠牲は成長であるという思想もまた、きれい事である。
 
大なり小なり、何かしら他人様の犠牲を生み出す「きれい事」を許してはいけないと思う。
 
きれい事はまとまると概ね気持ち良いものなので、ついついそこに甘んじたくなるのだけど、決して本質の解決にはならない。建設的でない。
だから破壊して、その破片から本質を見出さないと、と思うのです。
破壊するのもなかなか勇気がいるのだけど。
 
 
 
 
この思想は近しく、ほんと大好き。
 
 

 

 

 

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