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せひらのうたげ

はじまるよ。

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人類の敵は被害妄想

前職、現職と、しばしば採用面接をする機会などあるんですけど、基本的な質問の流れの中でズバ抜けてイケてる人かイケてない人なのかの判断がつかない限りは、だいたい最後に「自身のモチベーションが下がる一番の要因ってなんですか?」という質問をする。

 
何が正解というのは無く人それぞれだとは思いますけど、ただ、自分が一緒に仕事したくないなぁと思ってしまうのは、他人のせいにするような回答だ。
「差し込みが〜」とか「仕様の変更が〜」とか「上司が〜」とか。
 
実際のところ他者の言動に影響されてモチベーションが下がることなんて自分だって日常茶飯事ですけど、でもそういうのはだいたい単なる「被害妄想」だと思うんですよね。
大なり小なり、嫉妬や妬み。
 
自分の世界が自分の思い通りにいかないことを、他人の仕業だと責任転嫁してるだけなんです。
そしてそれを口に出しちゃうのは、自分から動くことはしない、相手の立場に立った気持ちを考えようとしない、想像力がない、余裕もない、といったことを公言してるように見えるというか。
 
そんなこんなで「自身のモチベーションが下がる一番の要因ってなんですか?」。
もし自分がその質問をされたときに答えようと思う回答は、「自分自身の被害妄想」。
 
繰り返し言うけど、自分だって日々被害妄想を発生させてはモチベーションを下げる人間だ。
でも、そんなの所詮、自分自身の気の持ちようなんだと意識して、モチベーションを上向きに、前向きな行動を心がけたいと思うんです。
 
人類の脳から被害妄想の湧き出るメカニズムが無くなれば、きっと戦争とかも無くなって、みんな幸せになれるんじゃないだろうか?と、思ってみたりするんですけど。
わざわざ在るということは、なんかどこかで、必要なんでしょうか?
宇宙が進化していく上で。

 

適当教典 (河出文庫)

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